「最適」享受法
“「最適」とは、そのヒトの身の丈にあった状況を
適切に享受できる環境にあるコトである。”
「最適」というのは、その個人の主観によるところが大きいという話は
ここで問われるまでもなく、誰もが納得する命題であると思われる。
同じにんにくを買うにしても、
中国から輸入した安いにんにくを買うか
青森県は田子の、高級にんにくを買うか・・・
それを買って、「これで満足だ!」と思えるのは
その個人の価値観が反映されるものであり、ヒトからとやかく言われるものではない。
どんなコトだってそうだ。
多くのヒトからは理解されないとしても、本人が満足なら
それは「最適」という冠をつけて我々の懐(ふところ)へやってくる。
だからヒトの「最適」を、安易に否定するコトはできない。
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きょう、トモダチと就職の話をしていて驚くコトがあった。
やたらとそのヒトが、ブラックリスト企業について詳しいので
(ここでいうブラックリストとはハードワークでその割りに賃金低めの企業)
情報ソースを尋ねたところ、2chの掲示板であると答えてくれた。
「2chなんだ。。」
と、答えるしか出来なかったのだが
就職という今後の人生に関わる問題を
不特定多数の総和によって成り立つこのサイト内で、無批判に処理してよいものかと
チクチクと反論したい気分でモンモンとしていた。
だが、実際この社会のどこに正しい情報があるかなんて難しい問いであるし
そもそもこのトモダチは2chの情報を信じていて
それによって不利益を被っているというコトもないわけなので、
=有益な情報ソースと位置づけてなんら問題ないのだと思われる。イチオー
これがそのヒトにとっての「最適」ならば、そこに反論の余地なんてないのである。
(カルチュラルスタディーズでは、ここでさらにもう一歩踏み込んで議論がある。)
むしろ自分の価値観に囚われ過ぎて反論したところで、
余計な労力を行使することになるだけだろう。
ヒトの信念を覆すというコトは、それだけ骨の折れる作業だと思うのだ。
~***~
2ch情報が仮に、事実の正しい反映をしているとしても
今のところ論文のような正式な書面において、
それらをソースと記載するコトは認められていない。
今後もおそらく、その可能性はないだろうと思われる。
2ch議論については本も出ていたナァ~と思いつつ
おとなしくタルトを食べるコトが、今の自分には「最適」であると判断した
そんな午後の昼下がりだった。
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